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東京地方裁判所 昭和38年(行)72号 判決

原告 白井直勝

被告 立川税務署長

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の申立て

(原告)

「被告が原告に対し昭和三七年一〇月二四日付で昭和三六年分所得税についてした更正処分および過少申告加算税の賦課決定を取り消す。訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決

(被告)

主文と同旨の判決

第二原告の請求原因

原告は、計理士、税理士、司法書士、経営コンサルタントならびに中小企業診断員の業務を営むものであるが、昭和三六年分所得税について、損失の確定申告をしたところ、被告は、昭和三七年一〇月一四日付で、事業所得に係る月賦手数料六万二、九二五円、貸倒金一、〇〇〇万円および借入金利子七五万円の各必要経費算入を否認し、月賦手数料否認に伴う固定資産の取得価額の修正による減価償却費二、四六四円を必要経費に追加計上して、合計所得金額を三〇〇万一、五三〇円、税額を七六万九、五四〇円と更正し、過少申告加算税三万八、四五〇円の賦課決定(右更正および賦課決定をあわせて以下本件処分という。)をした。

しかし、本件処分は、次に述べる理由によつて違法である。

すなわち、

(1)  月賦手数料六万二、九二五円は、乗用自動車の購入代金で、現金正価の各割賦金額とこれに対する金利の額とを合算したものであり、その実体は、販売業者から金融を受けた自動車購入代金の元利弁済金であるから、その利息相当額は、自動車(固定資産)の取得原価に含まれず、所得金額の計算にあたつては必要経費に計上されるべきものである。このことは、法人税に関する昭和三五年直法一―二八通達の二が明らかに認めているところであり、法人税と所得税とで月賦手数料についての取扱いを異にすべき合理的根拠はないばかりでなく、昭和三五年二月二日直所一―一一「八九」の五の三および昭和三八年九月一〇日直審(所)七七も、国定資産の購入のために借り入れた資金の利子のうち、当該固定資産の使用開始にいたるまでの期間に対応する部分に限り、これを当該固定資産の取得価額に算入することとしているのは、その反面において、本件の月賦手数料のような使用開始後の利子に相当するものを必要経費として処理することを認める趣旨に出たものというべきである。若し被告のように月賦手数料を自動車の取得価額に算入すべきものとすれば、購入者が割賦金を途中で一括弁済したような場合には、その未経過の割賦金の金利分について取得価額の減額、したがつて、減価償却のやり直しまでしなければならないという不合理な結果を招来することとなるのである。

(2)  貸倒金一、〇〇〇万円および借入金利子七五万円は、原告が新日東工機株式会社の経営コンサルタントとして経営診断を行なつた結果、その欠陥が金融面にあるものと認め、診断の成果を挙げるため、同社に対して貸し付けた一四五万円、その借入金利子七五万円の各債権と、同社のために負担した保証債務を手形・小切手金債務に更改して主たる債務を消滅させたことによつて生じた八五五万円の求償権―仮りに該更改の主張が理由ないとしても、すでに右保証債務は弁済期にあつたので、同社に対して事前に行使することが許される同額の求償権―を有していたところ、これらの債権は、同社が昭和三二年六月倒産し、続いて、個人として重畳的債務引受けをしていた当時の同社の代表取締役土屋義正も昭和三六年二月死亡し、遂に回収不能に帰するにいたつたものである。

ところで、経営コンサルタントの主たる業務が中小企業の人事、財務、生産、販売、事務等経営の各分野について診断、指導、助言等を行なうことにあるのはいうまでもないが、診断の実を挙げるため、必要な金融の途を開くこともまた、経営コンサルタントの業務に属するものというべく、今日ではそれが当該業務の常識となつており、現に中小企業診断員として法律上制度化されている。原告は、被告主張のごとく当時同社の代表取締役であつたが、それは、旧日東工機株式会社代表取締役土屋義正に頼まれてなつた名目上だけのものであつて、会社の経営に参画した事実はなく、右金員は、あくまでも、前叙のごとく、原告が新日東工機株式会社の経営コンサルタントとしての事業遂行上融資したものであり、もとより、同社の代表取締役としてしたものではない。したがつて、その貸倒れは、原告の事業遂行上生じたものであつて、所得の計算にあたつては、事業所得の必要経費に計上されるべきものである。

なお、被告主張のごとく、原告が月賦手数料として昭和三六年度に支払つた金額が九、一六四円であることは認める。また、被告が課税の段階で前記貸付金等の存在を認めておきながら、本訴にいたりこれを否認することは、原告がその承認を受けている青色申告制度の趣旨にかんがみ、許されないものというべきである。

第三被告の答弁および主張

(答弁)

原告主張の請求原因事実中、原告が新日東工機株式会社に対して債権を有していたこと、そして、それが貸倒れになつたことは不知、その余の事実は認める。なお、法律上の主張は、すべて争う。

(主張)

(1)  税法上固定資産の取得価額には購入代金に係る利息相当額が含まれるのが原則であつて、このことは、割賦購入資産についても異なるところはないのであるが、ただ、購入者が法人である場合には、購入代金と利息相当額とが明確に区別できることを条件として、当該法人が利息相当額を固定資産の取得価額に含めないで損金処理をしたときに限り、その計算を認めることとしている(昭和三五年直法一―二八通達の二参照)にすぎない。原告は、右通達を援用して、法人税と所得税とで月割手数料についての取扱いを異にすべき合理的根拠はないと主張するが、法人にあつては、一般に、帳簿書類が整備されていて、各事業年度を通じて継続的な会計記録に基づき期間損益の算出が可能であるところから、そのことを前提として割賦購入資産について利息相当額を取得価額に含ましめるかどうかを法人の自主的な会計処理にゆだねているのに対し、個人にあつては、原則としてこのような前提が欠けているため、適正な課税所得算定の見地から、個人の自主的な会計処理を認めないこととしている。また、原告の引用するその他の通達は、いずれも、固定資産購入のために借り入れた資金の利子(いわゆるひも付き利子)に関するものであつて、本件のごとき割賦購入資産に関するものではない。なお、購入者が割賦金を途中で一括弁済した場合には、その未経過の割賦金の金利分については、購入代価の修正として取得価額からこれを控除すべきこと、固定資産購入後の一般の値引きや割戻しの場合と異なるところはなく、ただ、法人税の取扱いにおいては、企業会計の便宜上、法人が取得価額からそれを控除せずに雑収入等により経理したときは、その計算を認めることとしているだけであつて、原告主張のごとき不合理な結果が生ずることはありえない。

仮りに、原告主張のごとく月割手数料相当額が必要経費になるとしても、原告の昭和三六年分の所得金額の計算上必要経費に計上されるべき月賦手数料は、その金額ではなくして、原告が同年中に支払つた一一月の四、七一八円と一二月の四、五四六円の合計九、二六四円にすぎない。

(2)  所得税法にいう「事業の遂行上生じた」貸付金の貸倒れ(基本通達二六七参照)とは、「事業の遂行」と関連を有するもののすべてをいうのではなく、当該事業の範囲に属する事由によつて生じたもの、いいかえれば、当該事業の収入をうるために通常必要とされる貸付金の貸倒れに限られるものと解すべきである。

ところで、経営コンサルタントは、社外の専門家としての立場で経営に関する診断、指導、助言等を行なうことを業とするものであり、また、中小企業指導法に基づき中小企業指導員の行なう業務も、専門家として、公正な第三者の立場から経営に関する相談に応じ、経営顧問の職務を担当するなど経営についての判断作用を行なうとともに、経営改善のための仕方を指導し、参考意見を述べ、勧告を行なうにとどまるものであつて(同法三条、六条参照)、経営コンサルタント又は中小企業指導員が経営の診断をしたのを機縁として当該会社に資金を貸し付け又は自ら保証人となつて融資の便を与えるがごときことは、その業務の範囲に属さないものであり、たとえそれによつて何らかの報酬を得ることがあるとしても、かかる報酬は、経営コンサルタント又は中小企業指導員としての業務の対価ではなくして、融資に対する反対給付にすぎない。このことは、中小企業の診断員の業務の内容を規定した前記中小企業指導法三条の規定からみても、また、貸金業の届出をしたものでなければ、業として金銭の貸付け又は金銭の貸借の媒介を行なうことができないとする「出資の受入、預り金及び金利等の取締等に関する法律」七条の規定に徴しても明らかである。

また、仮りに原告が新日東工機株式会社に対してその主張のごとき融資をしたとしても、単に保証債務の履行のために手形・小切手を振り出しただけでは主たる債務が消滅するわけではないから、原告が同社に対して求償権を取得した事実はないというべきである。

したがつて、原告主張の貸倒れ等を事業所得の必要経費として収入から控除することは、許されないものといわなければならない。

第四証拠関係〈省略〉

理由

原告が、経営コンサルタント、中小企業診断員等の業務を営むものであり、昭和三六年分所得税につき、事業所得に係るものとして、月賦手数料六万二、九二五円、貸倒金一、〇〇〇万円および借入金利子七五万円を必要経費に計上し、損失の確定申告をしたところ、被告が右損金算入を否認し、月賦手数料否認に伴う固定資産取得価額の修正による減価償却費二、四六四円を必要経費に追加計上して本件処分をするにいたつたことは、当事者間に争いがない。

そこで、まず、被告が本件月賦手数料の損金算入を否認したことの適否について判断することとする。

会計におけるいわゆる取得原価主義の立場からすれば、固定資産の取得に要した一切の費用は、当該固定資産の取得価額を構成し、したがつてまた、固定資産を取得するために要した負債の利子も、事業所得金額の計算上、取得価額として資産に計上するのが建前ではあるが、実際問題としてその負債の利子が固定資産を取得するだけのものであるか事業用資金を取得するためのものであるのかが必ずしも明確に区別されうるものとは限らないことを考慮すれば、税法上は、これを当該固定資産の取得価額に算入することなく、必要経費に計上しても、敢えて違法であるとはいえないものと解するのが相当である。そして、このことは、理論的には、単に法人税についてのみならず、所得税についてもいいうるところであるとしても、所得税については、所得税法が所得の種類によつてその所得金額の計算方法を異にし、しかも、家事関連費は所得金額の計算上必要経費に算入しないこととしているために、取得した固定資産が事業所得以外の所得の基因たる資産とならず、また、当該固定資産の種類、形状、性質等からみて、家事の用に使用し若しくは転用できないことが明らかであり、かつ、各所得計算期間を通じて継続的な会計記録が存在していて期間損益の算出が可能である場合を除き、一般には、妥当せず、負債利子の原価外経理の否認は許されるものというべきである。

いま、本件月賦手数料についてこれをみるのに、そのすべてが乗用自動車を取得するための負債の利子であると認めるに足る証拠がないばかりでなく、原告が係争年度に支払つたことにつき当事者間に争いのない合計九、二六四円も、右自動車が、その性質上、事業所得以外の所得の基因たる資産とならず、また家事に使用され若しくは転用されることがないとはいいきれない以上、むしろ、原告の所得の計算にあたつては、右自動車の取得価額に含め、減価償却の方法によつて当該金額を各年分の費用に配分するのが相当であると認められるので、被告が本件月賦手数料の損金算入を否認したのは、違法でないというべきである。

次に、被告が原告主張の貸倒金および借入金利子の損金算入を否認したことの適否について判断する。

所得税法は、前叙のごとく、所得税の課税対象となる所得をその種類によつて分類し、分類された所得ごとに所得金額の計算方法を定めており、また、所得税が消費生活を伴う個人の所得に対する課税であるという特質から、所得金額の算出にあたつては、その分類区分に属する収入と経費との差額を算定して所得金額を計算する収益費用対応の原則が行なわれ、しかも、所得税が歴年課税の建前をとり、各年ごとに所得の金額を計算することから各年ごとにおける収益と費用との対応が要請される。したがつて、事業所得の金額計算上控除が認められる貸倒損失は、当該事業所得の基因となる事業の範囲に属する事由によつて生じたもの、いいかえれば、当該事業所得をうるために通常必要とされる貸付金の貸倒れに限られるものと解すべきである。

しかして、経営コンサルタント又は中小企業診断員の業務は、本来、社外の専門家としての立場で会社の経営に関する診断、指導、助言等を行なうものであることはいうまでもないが、経営コンサルタント又は中小企業診断員が診断の実を挙げるためにその会社に対して資金を貸し付けたり自ら保証人となつて融資の便を与えることも、通常当該業務の範囲に属するものと認められる限り、それが正当な行為といえるかどうかは別としても、税法上は、当該事業所得をうるために通常とされるものとして、その貸倒損失は、事業所得金額の計算上損金に算入することが許されると解するのが相当である。

ところで、原告が経営コンサルタント並びに中小企業診断員であつたことは、当事者間に争いのない事実ではあるが、当時原告が右のごとき資金の貸付け等を行なうことが右業務の業態であつたと認めるに足る証拠はなく、却つて、本件のごとき多額の貸付をしたのは、新日東工機株式会社に対してだけであり(このことは、本件弁論の全趣旨に徴して明らかである)、また、当時原告が同社の代表取締役をしていた(このことは、当事者間に争いがない。)ことに鑑みれば、原告主張の貸付金等は、真実かかる資金の貸付けが行なわれてそれが貸倒れになつたかどうかを審究するまでもなく、原告の経営コンサルタント又は中小企業診断員としての業務とは無関係であるというべく、他に原告が当時資金の貸付け等を右業務の内容として営んでいたことについては、原告の主張・立証しないところである。

されば、原告主張の貸倒金等は、事業所得以外の所得に対応する費用とはなりうるとしても、前叙のごとき法の建前のもとにおいては、これをもつて原告の事業所得の必要経費と認めることは、到底、許されず、したがつて、被告がその損金算入を否認したことは、まさに、正当であるというべきである。

よつて、原告の本訴請求は、その理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 渡部吉隆 園部逸夫 渡辺昭)

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